生涯学習社会に思う

                                  

昭和55年に社会教育主事講習を受講したことで、私の人生は大きく変わった。というのは、それが契機となり、昭和57年から3年間、国立那須甲子少年自然の家で専門職員として勤務することになったのである。

社会教育主事講習を受講する前に選考試験が実施された。大論文の1つに次のような設問があった。「1980年代は地方文化の時代といわれます。埼玉の文化を高めるための手立てを具体的に5点述べなさい」。これには皆真っ青になってしまった。

当時は、教育改革が臨時教育審議会で検討されていた頃で、最終答申は昭和62年8月に報告された。今思うと懐かしい時代であった。

自然の家専門職員の職務は大きく分けて2つあった。1つは受け入れ事業であり、他の1つは主催事業の企画・運営である。受け入れ事業は、利用団体のねらいの検討、それに、ねらい達成のための体験活動などについて、引率責任者、学年主任や団体のリーダーと事前に行う相談活動である。

もう1つの主催事業の企画であるが、特筆すべきは講師の選定。国立ならではの豪華な布陣で、ほとんど全国級の指導者であった。例を挙げると、集団宿泊指導担当者研修、学生ボランティアリーダー研修、なすかしに鍛える少年の集い(9泊10日)等である。


この3年間で、「自然とは何か」について概念から学ぶことができたのが一番の収穫であったと言っても過言ではない。また、自然体験、生活体験それに宿泊体験の意義についても実践を通して学ぶことができたことは、学校現場へ復帰してからも大いに役立ったことは言を待たない。

最後に、生涯学習社会の到来を示唆し、社会教育主事講習と少年自然の家を勧めてくださった先輩各位に敬意を表する次第である。