「三貫文」の値打ちは?
2004.09.04

 ♪ 「三貫清水」の名前の由来になった三貫文は、現代でいえば、どれくらいの値打ちになるのか?
 よく分からないので、調べていたら、小和田哲男・静岡大学教授の次のような解説がありました。

 ♪ 「一貫文が今のいくらになるのかは、なかなか難しい質問です。米の値段が変動しているからです。私は低い時に五万円、高い時に十万円として、だいたいの計算はしています。八万円としても良いのではないかと思います」。

 ♪ この解説は織田信長(1534年から1582年)の時代についてのものです。太田道灌(1432年〜1486年)の時代とは100年ほどの違いがありますが、おおよその参考になりそうです。

 ♪ この解説をもとにすると、三貫文は現代の値打ちで20〜30万円ほどになると覚えてよいのではないかなと思います。
 「おいしいお茶だった」と言って、村人に20〜30万円もの大金をほうびとして与えたわけですから、太田道灌はかなり気前の良い豪傑タイプだったのではないでしょうか。

 ♪ ところで、小和田教授は日本の戦国史研究の第一人者で、NHK番組の「その時歴史が動いた」の常連出演者でもあります。

 ♪ 信長の時代の武士の給料(祿高=ろくだか)はどれくらいだったか?
 秀吉が初めて信長に仕えた時(18歳)の給料(年収)は十五貫文(120〜150万円)、9年後、百人足軽組頭に出世した時(27歳)が五十貫文(400〜500万円)、犬山城落城を成し遂げた時(29歳)が一気に増えて六百貫文(4000万円〜5000万円)。その2年後、秀吉は墨俣(すのまた)に城を築きます。

 ♪ なお、一貫文は一千文です。1000枚の一文銭を「さし」という紐(ひも)に通した形で流通したそうです。
 下の写真が銭一貫文です。100枚ずつ10個の固まりになって1本の紐でつながっています。


松井修一